遺族は納得していません。 通知が守られず事故が発生したこと、それが問題視されていないこと、そこに対策がないまま再発防止策が作られること。

通知「冬山登山の事故防止について」の実態調査

 「冬山登山の事故防止について」という通知について、どの程度周知徹底されていたか、アンケートによる調査を行いました。
 その結果は、指導者は誰も本通知を読んだことがなく、校長は知っていましたが、誰も指導助言をしていないといったものでした。冬山登山での山岳事故に対する危機意識が欠如していたことが明確になり、通知やマニュアルだけでは対策にはなりえないことが浮き彫りになりました。

 この報告書は、7月27日の弁護団結成の通告の折に、県教委学校安全課に手渡しました。

冬山登山の事故防止に関する通知

 1966(昭和41)年11月に栃木県教育長から各高校長や市町村教育長らに宛てて出された「冬山登山の事故防止について」という通知があります。冬山登山の事故防止について、具体的で実践的な対応が記載されています。

 この通知は管理職の教諭らが持つ「教育関係職員必携」と題された冊子の中に収められ、事故当時も有効の通知でした。 「高校生の冬山登山原則禁止」との文科省からの通知がある中、栃木県下で冬山登山が行われていた根拠となっていたはずの通知です。この通知を厳守することによって冬山登山を例外的に実施できていたということだと推察されます。

調査主旨

 通知「冬山登山の事故防止について」は守られることなく那須雪崩事故は発生しました。
 「降雪中とその翌日は行動を中止するようにすること」、この項目だけでも守られていたならば講習は中止となり、事故が発生することはなかったことでしょう。

 このように重要な通知であるにも関わらず、遺族が本通知を事故の約1年後に発見するまで、県教委を始め関係者からこの通知の存在を知らされることはありませんでした。
 また、この通知が守られなかったことはなぜか那須雪崩事故検証委員会の報告書では触れられることもありませんでした。
 さらに、2018年3月に発表された顧問教諭らの処分量定にこの通知を守らなかった点は影響を与えていないと弔問に訪れた教育長からお話がありました。
 那須雪崩事故に関する重要な通知であるにも関わらず、その存在は無視され、処分にも再発防止策にもこの反省は活かされていません。

 以上のことから、この通知の存在を明らかにし、実態調査を行うことが、本事故の原因究明、再発防止策を考える上で重要であると考えました。

 那須雪崩事故・被害者の会では、この通知の存在を重要視しています。しかし、この通知はどの程度周知され、その存在を顧問の教諭らや各校の校長がどのように認識していたのか明らかにされていません。会ではその点を明らかにするために、講習会の講師の教諭らと事故当時の登山専門部の役員、各校校長にアンケートを実施いたしました。その結果を明らかにすることによって、この通知に込められたであろう安全の思いを後世に託すことができると考えています。

調査の概略

調査の概略
(1)調査日 平成30年5月(締切5月末日)
(2)実施者 那須雪崩事故遺族・被害者の会
(3)対象者 事故当時の春山安全登山講習会役員・県高体連登山専門部役員 21名
事故当時に山岳部のある県立高等学校長 17名
(4)方法  アンケート用紙の郵送
(5)目的  次のことについて質問等を行い、実態を分析する。
       ・本通知はどの程度認知されていたか。
       ・本通知が適用されていれば、事故を防ぐことができたか。
       ・通知の具体的内容と関係者の認識にどのような違いがあるか。
(6)回収状況(6月15日現在)
  ・春山安全登山講習会役員・県高体連登山専門部役員 11名(21名の約5割)
  ・山岳部のある県立高等学校長            7名(17名の約4割)
(7)集計とまとめ 6月15日までの回答を集計し、分析した。

調査結果のまとめ

(1)未回答者が多い。これは当事者意識の欠如の表れである。
  • 登山専門部役員、県立高等学校長ともに未回答者が多かった。認識を問う質問が多くあったためと推測される。
  • 講習会を主管した登山専門部の役員等に未回答者が多いことは、当事者意識の欠如である。
(2)指導者は誰も本通知を読んだことがない。校長は知っていたが、誰も指導助言をしていない。冬山登山での山岳事故に対する危機意識が欠如していた。
  • 登山専門部の指導者は全員が通知を読んだことがない。1名以外通知のあることも知らない。校長の多くは通知を知っていて、読んだこともある。しかし、通知に関した指導助言は誰もしていない。これが実態である。
  • 講習会はこうした状況で実施された。
  • こうした状況を作ってしまたのは、県教委、学校長、指導者の冬山での山岳事故に対する危機意識の欠如である。
(3)本通知が守られていれば、今回の事故は防げた。
  • 指導者のほとんどが、ラッセル訓練への変更は通知を逸脱した行為であり、通知が守られていれば、今回の雪崩事故を防ぐことができたと考えている。
(4)指導者の半分以上は、降雪中であっても活動はできると考えていた。
  • 事故防止の上で最も有効な考え方である「降雪中とその翌日は行動を中止する」という認識について、7名は降雪中であっても降雪の程度により、また安全な行動ができるならば活動は可能と考えていた。
  • 通知と同じ認識の指導者も4名いたが、事故当日、ラッセル訓練への変更に反対した者は一人もいなかった。
  • 事故防止のための「降雪中とその翌日は行動を中止する」という判断基準は、指導者の認識にはならず、中止の判断につながらなかった。
  • 指導者は自分たちの経験や勘に基づき判断することが慣わしとなり、中止を判断する基準がなくても、自分たちの判断で安全確保ができると信じ、何年間も変わらず講習会を実施してきた。安全確保に対し杜撰な考え方である。
(5)11月~5月末日までを冬山登山の要注意期間ととらえていた指導者は、半分以下である。
  • 指導者の半数以上は、山域やその時の状況により要注意期間は違うと考えていた。
  • 毎年3月、登山専門部が那須ファミリースキー場とその周辺山域で本講習会を実施してきたこと自体が、上記の認識がなかったからである。
  • 通知を基に考えるならば、本講習会の実施は要注意期間であり、実施には慎重な判断が求められるが、そうした対応はしていなかった。
(6)計画書の提出については、指導者の約半数が、山岳連盟や地元遭難対策協議会に提出するとは考えていなかった。
  • 警察への提出は必要と認識していたが、山岳連盟や地元遭難対策協議会まで提出するとは考えていない指導者が約半数いた。
  • 今回の講習会では計画書はどこにも提出されていなかった。本通知では、計画書の写しを早めに必ず警察、山岳連盟、地元遭難対策協議会等に提出することを義務とするという強い表現になっているが、この考えは、登山専門部内では全く浸透していなかった。
  • 計画書を出さずに講習会を実施したのは、最悪の状態を想定していないからだ。登山専門部、校長、県教委に「もしも」という危機意識が欠如していた。
(7)下に記した事故防止の具体的内容については、指導者はほとんどが同じ認識であった。それでも事故を防げなかった。
  • 冬季積雪期における登山は極力避けることを原則とする。
  • 冬山は夏、秋、春の山で基礎技術を体得し、そのうえ経験豊かな指導者の統制ある指導のもとでなければ行ってはならない。
  • 計画、装備、食料、トレーニングは最悪の状態にも対応できる余裕をもって準備するようにする。
  • 気象の変化は、ラジオ、トランジスター等により常に細心の注意を払い、判断にはさらに慎重と冷静さをもつようにする。

 今回の講習会では、これらの考えが基準となって判断されることはなかった。雪崩事故を想定した装備やトレーニングはされていなかったし、気象情報の収集も個人レベルの収集であり、組織的に共有し分析することもなかった。
 指導者個人が通知と同じような認識をもっていても、それらを組織の判断まで高められるようなシステムや基準が確立されていないため、結果的には危険性が正しく認識されず、生徒たちを危険な状況まで導くものとなってしまったと言える。
 認識をもっていただけでは、事故防止には結びつかない。組織の判断や行動を制度的に修正し制御するシステムが必要である。

(8)ほとんどの指導者が、この通知の精神と内容は今後も引き継がれるべきであると考えている。

本調査結果からの提言

  1. 本通知が守られていれば、今回の事故は防げた。しかし指導者には通知をまったく届いていなかった。判断基準にはならなかった。
    通知を出し広く周知させる方法では、どれほど大切な内容であっても時間とともに形骸化していく。通知を守らせる仕組みづくりなど、新たなシステムが必要である。
  2. たとえ通知を知らなくても、通知に書かれた具体的な事故防止の考え方が普及していれば、未然に事故を防げた。しかし、高校生の冬山登山の事故防止で当たり前のことが、登山専門部指導者の認識として浸透していなかった。最悪の状況に対応できる計画と準備がされていないまま、講習会が実施された。
    これらのことを指導者たちは自らが認め、反省しなければならない。
  3. 認識が欠如していたのは指導者ばかりでない。積雪期の山岳事故について、登山専門部役員、校長、県教委もその対応をしてこなかった。高校生登山の指導者と組織が、真摯に冬山の事故防止に向き合ってこなかった。指導者や組織が山岳事故を未然に防ぐための判断基準やルールづくりが必要である。
  4. 調査結果を見ると、ある程度正しい事故防止の認識をもっていたとしても、現場で適切な判断と行動をとることができなかった。
    個人の認識や資質を高めるとともに、組織が適切に情報を分析をし、危険を最小限にする判断と行動ができるようにする新たな仕組みづくりが必要である。
  5. この通知は現在廃止されているが、通知の内容と精神を引き継ぎ、積雪期の山岳事故防止の新たな基準が必要である。


コメント

  1. AAA より:

    「降雪中とその翌日は行動を中止するようにすること」

    以前にも同じような内容を書きましたが、この通知が現在の登山での常識に照らして、実効性があるのかどうかをまず検証された方がよろしいかと思います。
    実効性があるとして、それは雪山登山全般としてなのか、高校生の部活動限定なのかを明確にしていただきたいと思います。

    通知を守っていれば事故は起きなかった。確かにその通りなんですが、それだけでは再発防止には繋がりません。

  2. SMS-metal より:

    この通知問題において重要かつ検証すべき点は、その内容ではなく、
    「なぜ、この通知が無視される状況が、放置されてきたのか?」にあります。

    通知内容が、登山や時代、および高校登山部の環境変化によって
    実態に合わないものとなっていたのであれば、
    それを、適切に修正し、告知し、現場教員に知らしめる責務は誰にあるのか?
    また、それに気づいた現場教員は、その努力をしたのか?

    文科省から現場教員まで、各階層において
    それぞれ、すべきこと、あるいはなにか努力がなされていたのか、
    それらが徹底的に調べられるべきであろうと思います。

    • AAA より:

      通知の内容が間違っているなら、それを無視してきたのは結果論として正しい判断だったということでしょう。
      内容よりも運用に問題があるというのは、ただの現実逃避としか思えませんね。

  3. SMS-metal より:

    現在、高速道路を通行する車両の速度は、以前より全体的に速くなっています。しかし、法定速度は100km/hです。実情が、規則に沿っていない状況が生まれていますが、120km/hで走行していて、速度オーバーで切符が切られることはあります。現状の全体がどうか、ではなく、規則違反だからです。
     
    通知とその遵守も同じです。簡単な話であり、これが現実です。
     
    高速道路の規制速度は、例えば東北道で一部区間で110km/hの走行許可を試験的に行っています。規制を変えても問題ないか、社会実験をしているわけです。通知も同じです。通知内容が実情に合わないのであれば、それに主体的に関わる人間が声を上げ、変更していくことをすれば良かったのです。ところが、そのようなチャレンジさえも行われていません。

タイトルとURLをコピーしました