遺族は納得していません。 通知が守られず事故が発生したこと、それが問題視されていないこと、そこに対策がないまま再発防止策が作られること。

県教委 雪上活動を全面禁止する方針

県教委 雪上活動を全面禁止する方針

 栃木県教育委員会は、県立高の登山計画を事前にチェックする登山計画審査会の場で、県立高の山での雪上活動を全面的に禁止する方針を示したとのことです。

 決定までの経緯に疑問は残りますが、妥当な判断だと思います。

 雪上活動に一定の意義はあることは認めますが、必要な議論をすっ飛ばして雪上活動の是非を決めようとする栃木県教育委員会の良識に疑問を感じました。その姿勢を改めない限り、栃木県教育員会の管理下にある栃木県の高校山岳部の雪上活動や冬山登山は、今後も認めるべきではないというのが私の結論です。

報道

那須雪崩事故 計画審査会がガイドライン素案 積雪時の冬山登山禁止(産経ニュース)
県立学校で雪上訓練認めず 栃木審査会、雪崩事故受け (日本経済新聞)
【那須雪崩】雪上活動を全面禁止 ガイドライン素案示す 栃木県教委(下野新聞)

雪上活動の議論

 雪上活動を実施するにあたっては以下のような論点で議論し、結論を出す必要があると考えます。

部活動としての制度設計
1)山岳部の講習会は今後どのような形態で実施すべきか
2)顧問や生徒が危険な斜面に入り込まないようにどのように制度設計すべきか

雪上活動を実施する意義
3)雪上活動は高校生の部活動として実施すべきものなのか

実施する前提での議論
4)民間の講習会に参加ではなぜいけないのか
5)雪上活動ができる安全な斜面をどのように規定するのか

 これらの議論もなしで雪上活動の是非だけを議論する姿勢には疑問を感じていました。

 雪上活動の是非がこれらの議論の上に成り立ったものであるならば、それぞれの点について意見を述べたり納得することができたかもしれません。しかし、何も議論がないまま雪上訓練の是非だけ議論され始めてしまったので、私の意見としては「雪上訓練の実施に反対」と表明するしかありませんでした。

 また、こういった点になんの疑問も感じず、安易に雪上訓練の是非の議論を始めた栃木県教育委員会の良識には疑問を感じざるを得ません。そのような体質がいつまでも改善されないのであれば、今後も栃木県教育員会の下にある高校山岳部では、雪上訓練や冬山登山は実施すべきではないというのが私の結論です。

雪上活動の意義

 特に “3)雪上活動は高校生の部活動として実施すべきものなのか” については議論が必要かと思います。

 単に「雪上活動に意義はあるか」と訊かれると私でも意義はあると答えるでしょう。山岳関係者であればなおさらのことで、誰も雪上活動には意義がないなんて言うことはないでしょう。

 しかし、重要な論点は “高校生の部活動として”実施すべきかどうかという点だと思います。

 この点で山岳関係者が大勢を占め、会長も山岳関係者が務めている登山計画審査会の場で雪上活動の是非を議論することに違和感を感じました。登山計画審査会の場では ”高校生の部活動として” の意義は議論されず、純粋に登山活動としての意義のみが議論されてしまうのは参加メンバーから容易に想像がつきます。
 登山計画審査会に結論を預ける形で議論を始めた栃木県教育委員会には、雪上活動再開を強行しようとする意思を感じました。

 事実、顧問教員らの「負担が大きくて実施は無理」という意見があったにもかかわらず、前回の審査会では山岳関係者の「雪上訓練に意義はある」との意見が多数派だったと聞いています。
 私のような遺族が「雪上訓練の実施に反対」の意思を示さなければ結論はきっと変わっていただろうと感じています。

 また、新聞記事によると今回の全面禁止の方針について、検証委員会の元委員の先生からは「雪上で危険を教えることも意味がある。高校生の登山の幅が狭まることを懸念する」との意見があったそうです。
 このような事故があったからこそ雪上訓練に意味はあるとするその思いは一定程度理解できるものです。しかし、雪上活動の意義を議論するならば、高校山岳部の部活動での雪上活動がないために大学生や一般登山家の冬山での遭難が増加しているなどの定量的なデータで意義を語っていただき、高校部活動で雪上活動を実施するための意義を明確にしていただきたかったものです。

 何を意義と考え、何のために実施するのか、その点がクリアにならない限り雪上活動の意義も活動の内容も明確にならないでしょう。

 「生徒を雪に触れさせてやりたかった」、そういったあいまいで意義もない顧問教諭らの思いで講習会は強行され、生徒らを危険な斜面に誘導して事故に至ってしまった経緯を忘れてはなりません。


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