遺族は納得していません。 通知が守られず事故が発生したこと、それが問題視されていないこと、そこに対策がないまま再発防止策が作られること。

2017年3月27日に発生した那須雪崩事故の遺族・被害者の会のホームページです。

那須雪崩事故は死亡者8名、重軽傷者40名の学校管理下では最大級の事故でした。

那須雪崩事故について

県教委 雪上活動を全面禁止する方針

主張

 栃木県教育委員会は、県立高の登山計画を事前にチェックする登山計画審査会の場で、県立高の山での雪上活動を全面的に禁止する方針を示したとのことです。

 決定までの経緯に疑問は残りますが、妥当な判断だと思います。

 雪上活動に一定の意義はあることは認めますが、必要な議論をすっ飛ばして雪上活動の是非を決めようとする栃木県教育委員会の良識に疑問を感じました。その姿勢を改めない限り、栃木県教育員会の管理下にある栃木県の高校山岳部の雪上活動や冬山登山は、今後も認めるべきではないというのが私の結論です。

報道

那須雪崩事故 計画審査会がガイドライン素案 積雪時の冬山登山禁止(産経ニュース)
県立学校で雪上訓練認めず 栃木審査会、雪崩事故受け (日本経済新聞)
【那須雪崩】雪上活動を全面禁止 ガイドライン素案示す 栃木県教委(下野新聞)

雪上活動の議論

 雪上活動を実施するにあたっては以下のような論点で議論し、結論を出す必要があると考えます。

部活動としての制度設計
1)山岳部の講習会は今後どのような形態で実施すべきか
2)顧問や生徒が危険な斜面に入り込まないようにどのように制度設計すべきか

雪上活動を実施する意義
3)雪上活動は高校生の部活動として実施すべきものなのか

実施する前提での議論
4)民間の講習会に参加ではなぜいけないのか
5)雪上活動ができる安全な斜面をどのように規定するのか

 これらの議論もなしで雪上活動の是非だけを議論する姿勢には疑問を感じていました。

 雪上活動の是非がこれらの議論の上に成り立ったものであるならば、それぞれの点について意見を述べたり納得することができたかもしれません。しかし、何も議論がないまま雪上訓練の是非だけ議論され始めてしまったので、私の意見としては「雪上訓練の実施に反対」と表明するしかありませんでした。

 また、こういった点になんの疑問も感じず、安易に雪上訓練の是非の議論を始めた栃木県教育委員会の良識には疑問を感じざるを得ません。そのような体質がいつまでも改善されないのであれば、今後も栃木県教育員会の下にある高校山岳部では、雪上訓練や冬山登山は実施すべきではないというのが私の結論です。

雪上活動の意義

 特に “3)雪上活動は高校生の部活動として実施すべきものなのか” については議論が必要かと思います。

 単に「雪上活動に意義はあるか」と訊かれると私でも意義はあると答えるでしょう。山岳関係者であればなおさらのことで、誰も雪上活動には意義がないなんて言うことはないでしょう。

 しかし、重要な論点は “高校生の部活動として”実施すべきかどうかという点だと思います。

 この点で山岳関係者が大勢を占め、会長も山岳関係者が務めている登山計画審査会の場で雪上活動の是非を議論することに違和感を感じました。登山計画審査会の場では ”高校生の部活動として” の意義は議論されず、純粋に登山活動としての意義のみが議論されてしまうのは参加メンバーから容易に想像がつきます。
 登山計画審査会に結論を預ける形で議論を始めた栃木県教育委員会には、雪上活動再開を強行しようとする意思を感じました。

 事実、顧問教員らの「負担が大きくて実施は無理」という意見があったにもかかわらず、前回の審査会では山岳関係者の「雪上訓練に意義はある」との意見が多数派だったと聞いています。
 私のような遺族が「雪上訓練の実施に反対」の意思を示さなければ結論はきっと変わっていただろうと感じています。

 また、新聞記事によると今回の全面禁止の方針について、検証委員会の元委員の先生からは「雪上で危険を教えることも意味がある。高校生の登山の幅が狭まることを懸念する」との意見があったそうです。
 このような事故があったからこそ雪上訓練に意味はあるとするその思いは一定程度理解できるものです。しかし、雪上活動の意義を議論するならば、高校山岳部の部活動での雪上活動がないために大学生や一般登山家の冬山での遭難が増加しているなどの定量的なデータで意義を語っていただき、高校部活動で雪上活動を実施するための意義を明確にしていただきたかったものです。

 何を意義と考え、何のために実施するのか、その点がクリアにならない限り雪上活動の意義も活動の内容も明確にならないでしょう。

 「生徒を雪に触れさせてやりたかった」、そういったあいまいで意義もない顧問教諭らの思いで講習会は強行され、生徒らを危険な斜面に誘導して事故に至ってしまった経緯を忘れてはなりません。


コメント

  1. 瀬下 より:

     雪上活動の意義とか雪上訓練の意義とか何か違和感を感じます。なぜ意義づけする必要があるのでしょうか。所詮遊びです。私がガイドとして山に登る意義はクライアントを希望の山に登らせて無事に下山させ報酬を得ることです。仕事の場合ははっきりしていますが、遊びの場合意義づけと言っても難しいのではないでしょか。何故なら山に登る意義は百人百様です。

    • AAA より:

      競技登山を除く一般的な登山は他のスポーツと違って試合があったり勝敗がついたりするわけではないので、部活動としてやるからには意義づけが必要なのは当たり前のことです。

  2. SMS-metal より:

    「意義」の熱弁は、その人の価値観の主張でしかないので、具体的なリスク管理を考えるフェーズにおいては、ほとんど意味がないのですが、熱弁する人は、それが「正義の解答」だと信じているので、そのような人が多数を占める会議は、ほとんど中身のないものになりがちです。
     
    問題の根底は「人命」であり、その安全確保の任に当たる人には、一体、どの程度の知識・能力・経験を求めるべきなのだろうか? ということです。検証委員会の報告書では、引率教員が適切なスキル等を有していたのか、一切、触れていません。それは、なぜ、でしょうか。そのような問題意識がなかったのか、あるいは別の理由なのか。
     
    子どもが海にダイビングに行く。講習を実施し、一緒に潜る人は、資格を所持したプロなのか、好きで潜ってきましたというアマチュアなのか。ほとんど人は、プロを選ぶでしょう。では、なぜ、山ではアマチュアを選ぶのか。これだけ山岳遭難が言われていながら、なぜ、プロを選ぶという思考がでてこないのか。それが不思議です。
     
    「教員には、そこまでできない」という率直が意見があるのならば、「止める」あるいは「プロを使う」が、人命に対する真摯な態度でしょう。そして、それに対し、「教員に研修を受けさせ、なんとかできることを、安全に十分注意して、できる範囲で行いましょう。なんといっても、意義があるのですから」という人がいたら、それは人命軽視でしかないようにみえます。そして、同時に、日々、危険な自然環境で働くプロが、これまで作り上げてきたリスク管理の手法の軽視でもあり、結果、その人は、リスク管理の根幹を理解していないのです。
     
    医療、海川、空、どの世界に、アマチュアが人命の安全管理をする業界がありますか?
     

    • AAA より:

      金銭が発生するか、程度の問題だと思いますけど?
      例えばシュノーケリングだったら、引率するのは何もわかってないバイト君ってこともあるだろうし。ダイビングするのにお金を払って無資格の人にお願いするなんてことはあり得ないだろうし。

      あと、山岳ガイドの組織っていまだに発展途上だし、そんなに大したもんじゃありませんよ。
      ガイド個人で言えば、力量差があるし、それはわかりにくいし、マンツーマンでは優秀でも団体を率いれるかっていうとそれは別問題だし。

  3. SMS-metal より:

    教員は、教科を教える実務者(プロ)として、試験を受け、資格を所持しています。しかし、その後、現場での研鑽の程度によって、優れた教員とそうではない教員が混在します。資格制度それ自体と、個人の専門能力のバラツキは、教員だろうが、医者だろうが、山岳ガイドだろうが同様にして存在します。ランダムに生じる低い値のみを取り出し、カテゴリ全体を否定するのは、詭弁の型としてよくあるパターンです。
      
    実務の世界では、現場で働くことによってしか身につかないことがあります。それが経験豊富な優れた教員と、新人教員の差にもなります。同様に、山の世界でも、山岳ガイドのように、毎日のように山に入ることによってしか身につかないものがあります。言い換えれば、週末など、限られた日数しか山にいけないアマチュアには、なかなか身につかない領域があります。
     
    アマチュアとプロの間に存在する差異について、検証委員会にせよ、その後の会にせよ、具体的に検討されていないように見受けられます。そもそも、それらの会に実務者が入っていません。どの水準までのリスク管理が、アマチュアには可能なのか。それを別の視点(実務者目線)から意見してもらうことは、現場で働く教員に対して、過剰な負荷を掛けさせない方策へのヒントとなるはずなのに、それがなされていようには見えません。
      
    雪上講習の中止において、もう一つの重要な点は、教員の負担です。国レベルにおいても、教員の働き方改革が盛んに議論されるほど、現場の教員は、日々、激務となっています。そのような状況で、さらに、いくつも研修会を受けさせることが、本当に現場にとって適切なのか、ということです。そして、上記で指摘したように、研修会を受けただけでは、判断力など身につかないのは自明にも関わらず、そうした教員を引率者として承認してしまう現在の事故防止策の方向性が正しいのか、ということです。
      
    今回の事故で新人教員の命が失われたことを忘れてはいけないと思います。

    • AAA より:

      山岳ガイドの資格をPADIや教員、医師免許なんかと比較対象とする前提が間違っていますね。
      成り立ちも実際の運用も全く違うので。
      山で需要となるのはアマチュアかプロかではなく、まして入山日数でもなく個人の資質です。
      プロや(自称)ベテランに任せたのだから大丈夫だろうというのは無知の妄想としてよくあるパターンです。

    • 長野県人 より:

      雪上訓練の中止は残念とは思いつつ、
      ご指摘の点は、完全同意。

      なにかと比較される長野ですが、
      こちらはこちらでとても危うい状況。

      オレやる、オレオレ君が暴走していて誰も止められず。
      今のままだと、今度はこちらでなにかありそうで。

      ある意味、中止は英断かと。

      • SMS-metal より:

        長野では残雪期に大雪渓などで雪訓や山行が行われているようですが、そのうち、落石による致命的な事故が起こると思っています。一般登山者の事故は、これまでも起きており、確率の問題です。その際、長野高体連は、不可抗力とでも言うつもりなのでしょうか。安全な場所なら他にもあります。融雪期の雪渓での落石の危険について、高校生が許容できる大きさと考えているなら、リスクの概念を理解していないか、自然を甘く見過ぎだと思います。