控訴審判決要旨
2026年3月4日、那須雪崩事故に関する刑事裁判の控訴審判決が東京高等裁判所において言い渡されました。
判決は、一審に引き続き、被告人3名について有罪を維持しました。裁判所は、本件事故について、雪崩発生の危険及びこれによる死傷結果を予見することが可能であり、適切な措置を講じていればこれを回避することが可能であったと判断しました。
他方で、量刑については一審判決を一部変更し、菅又被告については禁錮2年の実刑を維持し、猪瀬被告及び渡辺被告については禁錮2年・執行猶予5年としました。
最終的な結論は、次のとおりです。
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有罪判断そのものは維持
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ただし量刑だけ一部修正
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猪瀬被告・渡辺被告は禁錮2年、執行猶予5年
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菅又被告は禁錮2年の実刑維持
本判決は、本件事故に係る刑事責任を認めた上で、各被告人の立場や関与の内容の違いを踏まえ、量刑判断を修正したものとなりました。
判決理由
判決内容を基に、以下に裁判所がこの判決に至るまでにどのような判断を行ったのかを整理しました。
1 本件事故の概要と控訴審の審理対象
控訴審判決は、まず本件を、平成29年3月27日に那須温泉ファミリースキー場周辺で実施されていた春山安全登山講習会において発生した雪崩事故であり、生徒や教員らが巻き込まれて8名が死亡し、5名が負傷した事故であると整理しています。
その上で、被告人3名がそれぞれ講習会の計画・実施や班の引率に関わる立場にあり、参加生徒らの安全確保に関する業務に従事していたことを前提に審理しています。
また、控訴審で争われたのは、訴訟手続の法令違反、事実誤認、法令適用の誤り、そして量刑不当の各点でした。
2 有罪判断は維持されたこと
控訴審判決は、弁護側が主張した訴訟手続の法令違反、事実誤認、法令適用の誤りについて、いずれも理由がないと判断しました。
その結果、被告人3名について業務上過失致死傷罪が成立するという一審の有罪判断そのものは維持されました。
つまり控訴審は、この事故が単なる不可抗力ではなく、刑事責任を問いうる過失によって生じた事故であるという一審の判断を変更しませんでした。
3 裁判所が過失を認めた理由
控訴審判決は、訓練開始前の時点で、被告人3名が次のような事情を認識し得たと判断しました。
すなわち、
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スキー場周辺には雪崩の危険がある場所が存在すること
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少なくとも30センチに及ぶ新雪があり、雪質が締まっていないこと
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上部斜面が急斜面で、植生が乏しいこと
などです。これらを前提に裁判所は、雪崩発生の危険や、それによって重大な死傷結果が生じる危険を予見することができたと認定しました。さらに、訓練範囲を安全な区域に明確に限定し、その内容を参加者に周知するなどの措置を取れば、事故を回避することも可能であったと判断しています。
この点について控訴審は、一審が認めた共同の注意義務違反の判断を維持しました。
4 菅又被告・渡辺被告については訓練中の個別過失も維持されたこと
控訴審判決はさらに、菅又被告と渡辺被告については、訓練開始後、現場の状況の中で雪崩発生の危険をより具体的に認識し得る立場にあったと判断しました。
そのうえで、遅くとも午前8時20分頃までの時点で、自らが率いる班を退避させ、あるいは他班にも退避を促すことで、雪崩に巻き込まれることなく死傷結果を回避する可能性があり、その義務もあったとしています。控訴審は、この点についても一審の個別過失認定に誤りはないとしました。
したがって控訴審は、訓練開始前の共同過失だけでなく、訓練中の対応に関する個別過失についても、一審の結論を維持しています。
5 量刑判断だけが見直されたこと
一方で控訴審判決は、量刑については一審判決をそのまま維持できないと判断しました。
裁判所は、一審判決が被告人3名の過失内容や責任の重さを抽象的に捉えすぎており、それぞれの立場、役割、予見可能性の程度、その後の行動の違いを十分に考慮していないと指摘しています。特に、訓練開始前の段階では、参加者が雪崩の危険区域に立ち入る可能性が「高い」とまでは言い難い一方で、訓練中には菅又被告と渡辺被告について危険の予見可能性がより高まっていたことを重視しました。
このように控訴審は、事故の刑事責任そのものは認めつつ、責任の重さの評価には差をつけるべきであると判断したことになります。
6 各被告人の責任の重さに差があると判断したこと
控訴審判決は、菅又被告について、積雪期登山を含む経験が特に豊富であり、主任講師として中心的立場にあり、1班の主講師として現場で直接行動を指示する立場にあったことから、責任が最も重いと判断しました。
これに対し、猪瀬被告については講習会の会長として統括的立場にはあったものの、訓練中に直接移動場所を指示する立場ではなかったこと、渡辺被告については計画変更への関与はあったものの、講習会全体を統括する立場ではなく、その指示が直ちに危険性を高めたとまではいえないことなどが考慮されました。控訴審は、この違いを踏まえれば、猪瀬被告と渡辺被告を菅又被告と同等に重い責任とみることはできないと判断しました。
7 最終的な結論
以上を踏まえ、控訴審判決は、有罪判断そのものは維持しつつ、量刑のみを一部修正しました。
その結果、
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猪瀬被告・渡辺被告は禁錮2年、執行猶予5年
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菅又被告は禁錮2年の実刑維持
という結論が示されました。
控訴審判決を受けて
判決は、菅又被告については一審と同じ禁錮2年の実刑、猪瀬被告と渡辺被告については禁錮2年・執行猶予5年とするものでした。
責任そのものは認められましたが、量刑は分かれる結果となりました。
判決を聞いたとき、最初に頭に浮かんだ言葉は「なぜ」でした。
執行猶予とは、刑務所に収監するまでもなく自ら更生できると判断される者が、犯した罪を認め、深く反省している場合に適用される制度ではないでしょうか。
これほど明白な過失がありながら無罪を主張し、全く反省の姿勢を示さない被告らに対して執行猶予を科すことは、到底納得できるものではありません。
しかしその後、私は自分に言い聞かせていました。
「無罪になったわけではない。責任は認められている」と。
それでも、納得できないという感覚は残っています。
この事故は「単なる山岳事故」ではない
今回の事故について、「自然相手の登山なのだから仕方がない」という声を目にすることがあります。
しかし、この事故は単なる山岳事故ではありません。
学校の管理下で高校の部活動として行われた安全講習の最中に、起きた事故です。
安全を教える場で安全が守られなかった。それがこの事故の本質だと考えています。
その結果、8人の命が失われました。
学校の活動の中で、8人もの命が失われる事故は、やろうと思っても起こせないほどの惨事です。
だからこそ、今回の裁判の意味は、単に過去の責任を問うことではありません。
これからの学校の安全のあり方に関わる問題だと思っています。
私が感じている不安
今回の判決について、遺族として強く感じている不安があります。
8人が亡くなった事故でも執行猶予が付く。
その事実が、学校現場にどのようなメッセージとして伝わるのか。
もし
「この程度なら刑事責任は重くならない」
「安全管理はそこまで厳密でなくてもよい」
そのような空気が教育現場に流れてしまうのであれば、
今回の事故の教訓は弱いものになってしまいます。
それが、私が最も恐れていることです。
社会がどう受け止めるのか
私は、執行猶予が付いたことに納得しているわけではありません。
失望も感じています。
それでも、今回の判決には一つの事実があります。
一人は実刑となり、
他の二人についても刑事責任が認められ、禁錮刑が言い渡されたという事実です。
この事実を、社会がどう受け止めるのか。
それが今、私にとって一番気になっています。
社会がこの事故を重大な教訓として受け止めてくれるなら、
私が感じている怒りや失望は、私自身の感情の問題だと言い聞かせることができるかもしれません。
しかし、もしこの事故が
「仕方のない事故だった」
「自然の事故だった」
そのように受け止められるのであれば、
この事故は教訓として残らないのではないかという不安があります。
この事故を教訓として残すために
私たち遺族は、この事故を単なる過去の出来事として終わらせたくありません。
学校管理下で起きたこの事故を、
今後同じような事故を防ぐための教訓として残してほしい。
それが、失われた命に対して社会ができる、
最低限の責任ではないかと思っています。



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