遺族は納得していません。 通知が守られず事故が発生したこと、それが問題視されていないこと、そこに対策がないまま再発防止策が作られること。
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弔問に来ない

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息子たちの命を奪った教員が弔問に来なくなりました。
業務上過失致死容疑で書類送検された3名の教員のことです。

命日にもお盆にも遺族宅に弔問に訪れることがなくなりました。この1年と半年の間、息子たちに手を合わせることもなく、彼らは平穏な教員生活に戻っています。事故からは4年が経とうとしています。

私たち遺族はこの点に大きな失望と不満を抱いています。しかし、このホームページのような場でその事実を訴えてしまうとおしまいだと思っていました。不満を訴えたその後に彼らが弔問に来たとしても、ただ言われて義務的に来ただけのように見え、息子らの死を悼んで来てくれているようには思えなくなってしまうからです。

しかしお盆にも調停の場にも現れることがなかった彼らには、もはや息子たちの死を悼む気持ちは残っていないと思い至ったため、この場で遺族としての気持ちを吐露させていただきます。

もう顔を合わせるつもりはないのか

記憶によれば彼らが最後に遺族宅に弔問に訪れたのは1年半ほど前、一昨年のお盆だったと思います。昨年の命日である3月にも、お盆にも弔問には来ませんでした。

正確に言いますと、以前よりうちには弔問に来ていませんでした。それはこちら側から断りをいれていたためです。それでも弔問する意思は確認できていましたし、弔問する意思を示すことが大切なことだと思います。それに他の遺族宅は弔問に回っていたのでその様子を聞くことはできていました。

しかし、昨年の命日にはうちには弔問の案内もなく、他の遺族宅にもなんの案内もありませんでした。そしてそのまま8家族のどの遺族宅にも弔問に訪れることはなくなってしまいました。

なぜ弔問に訪れなくなったのか、何も説明はありません。

刑事事件の裁判を見据えて遺族と話をしないようにしているのかと思いましたが、そうではないようです。そのような場合はむしろ遺族感情を考慮して積極的に謝罪に訪れるようにするものらしいので。

私たち遺族は息子の命を奪った彼ら教員たちと言葉を交わす機会すら奪われてしまいました。もう彼らが何を考えているかすらわからなくなってしまっています。
仕方がないので調停の場を利用して彼らを呼び出してみましたが代理人を立てることすらせずに無視されています。

もはや彼らにとっては那須雪崩事故は忘れてしまいたい過去であり、遺族に顔を合わせるつもりはないのかもしれません。何をしても何を言っても無視を決め込むつもりなのでしょう。

なぜこんなことが許されるのでしょうか?

自分たち教員の過失で命を絶ってしまった息子たちのことも忘れ、ケジメもなく平穏な教員生活に戻ろうとしているように見えます。

登山専門部OBの言葉

漏れ伝わってくる話だと登山専門部OBが「もう遺族に会う必要はなく、弔問にも行かなくてもよい」と彼らに言っていると聞いています。前登山専門部部長である前大田原高校校長も同じように「弔問に行かなくてもよい」と言ったと聞いています。

事故を引き起こした3名の教員はその言葉を拠り所にして教員としてのプライドも捨てて弔問に行かないとの判断をしているのかもしれません。

この登山専門部OBというのは何者かは知りませんが、昔登山専門部で海外登山に出掛けたような面々なのかと思います。登山専門部を生徒のためではなく、自分たちが海外登山を楽しむ私利私欲のための組織として利用したような方々です。

彼らはなぜ「弔問に行かなくてもよい」なんてことを言うのでしょうか?
むしろ加害者である教員の背中を押して「遺族にしっかりと謝罪すべきだ」と言うべきではないでしょうか。

もしかすると登山専門部の前例を踏襲して事故を引き起こしただけで彼らに罪はないとでも言うのでしょうか?もしそう主張するのであれば、登山専門部の在り方に問題があったとして、あなた方登山専門部OBの方々が彼らに代わって息子らに謝罪すべきではないでしょうか。そして事故前からなんら変わらず存在し続けている登山専門部を取り潰しの検討も含めて改革すべきです。

そうでなければ「弔問に行かなくてもよい」なんて発言の筋が通りません。

登山専門部OBと称される彼らの口から謝罪の言葉を聞いたことはありませんし、弔問に来てくれたこともありません。そんなこともできない方々が教員らへの同族意識から出てくる同情で軽々しい言葉を発しないでいただきたいものです。

遺族は赦(ゆる)したがっている

今まで散々文句を言い続けていますので信じてもらえなくても結構ですが、私は息子の命を奪った教員や教育委員会や学校といった組織の罪をいつの日か赦したいと思っています。思っているではなく願っていると言った方が適切かもしれません。おそらく他の遺族も同じような気持ちなのではないかと思います。

すぐには受け入れることはできないかもしれないけれど、精一杯の謝罪の気持ちや事故を繰り返さないという決意を見せていただき、いつかは彼らの謝罪を受け入れて赦すことができる日が来ると信じていました。事故後に信じていたことは以前にこちらに書かせていただいています。

しかし、彼らに謝罪の気持ちがないのであれば赦しようがありません。

自分たちが安全配慮を怠ったことによって奪ってしまった命への弔意と謝罪の意を示すことは最低限の礼儀であると思います。彼らの心のうちを量ることはできませんが、少しでも人としての気持ちが残っているのであれば形式上であっても命日やお盆には各家庭を弔問するでしょう。

まるで自分たちには何も非がなく、自分たちも被害者なんだと開き直っているように思えます。
赦しなんて必要ない、と息子たちや私達遺族に後ろ足で砂をかけているようにすら思えます。

このような形式上の礼儀すら無視するようでしたら彼らの心のうちには弔意や謝罪の気持ちは残っていないと思うしかありません。いつの日か彼らの罪を赦すことができるようになると願っていますが、このような息子らの死を悼む気持ちも残っていない彼らを赦す日は来ないのかもしれません。

どんな顔をして教壇に立っているのか

教員らは息子たちへの弔意を示すこともなく、事故を忘れて日常生活に戻っています。
事故前と変わらず教壇に立ち、部活動の顧問すらしています。

どのような顔をして生徒たちの前に立っているのでしょうか?

教壇に立ち数学などの教科を教え、部活動の指導までしているのになぜ弔問に来て息子たちに手を合わせることはできないのでしょうか?

自分たちの非を認めず、謝罪や弔意も示さない教員の姿に生徒たちは何を感じるでしょうか?

生徒の命を奪っておきながら弔問にも行かず平然と教壇に立つ教師を見て、生徒たちは何を学べばよいのでしょうか?

教師としてのプライドはないのでしょうか?

許しがたい現実です。

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コメント

  1. マシショウ より:

    新聞を見て呆れました。まだこんな事をしているのかと。どれだけ遺族の神経を逆撫ですれば気が済むのだろうと。事実被害者である当家にも事故当初、猪瀬教諭がみえただけでした。肝心の一斑を率いていた菅又教諭と現場にいた渡辺教諭に二名には来ていただいておりません。教育委員会を通して手紙も出しましたが、やはり安定のゼロ回答です。このような場で意見するのも担当していただいた県職の方にはもうしわけないと悩みましたが、いい加減にしてほしい。訴訟もかんがえていないただ一人の人間として話をしましょうと申し上げているだけなのですが、そんなに難しい事なのでしょうか。

  2. エイジ より:

    もう、あきれて言葉がでてきません。
    2017年のどの記事だったか、新聞記者(多分、産経新聞)が登山部の教員に取材に行ったとき、彼は
    「もうあの事は忘れたいんだ。」
    と言って立ち去った(去ろうとした)というのを読んで私は唖然としました。
    『忘れたい』なんて言葉がすぐに出るということは、常にそう思っていたということではないでしょうか。全然反省していませんね。
    『取り返しのつかないことをした。このことを決して忘れちゃいけない。』なんてことは思ってもいない。どういう人間なんだ?と思いました。
    ひどいのは、引率した教員たちだけではありません。当時の校長は人事異動で大田原高校を去り、定年後は私立学校に再就職したんですね。引率教員たちは5ヶ月の謹慎後、職場に復帰しました。そしてとうとう弔意も示さなくなった。
    元校長、この教員たち、学校で子供たちに何を教育してるのでしょうか。子供たちはこんな大人たちをどう思っているのでしょうか。子供たちへの影響を考えるとくらい気持ちになります。

    被害者の会の皆様へ
    寒いですね、どうぞご自愛なさいますように。

  3. 通りすがりの栃木県人 より:

    当事者の一人の教員は、伝え聞く話ですと、休職と復職を繰り返して教員という立場にしがみついているようです。教員としての職務をまっとうに行使できないなら退職すべきですし、むしろ懲戒免職になっていてもいいくらいです。本当にどんな思いでそんなことを繰り返しているんだろうと、人間としての良識を疑います。それを認めている栃木県にも疑問を感じます。もしそれで満額ではないにしろ給与が出ているとしたら、絶対に許せないです。本当に教員どもの対応には憤りしか感じません。

    この事件は絶対に風化させてはいけません。

    ご遺族の皆様、春は名のみでまだ寒い日が続きますが、ご自愛ください。

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