遺族は納得していません。 通知が守られず事故が発生したこと、それが問題視されていないこと、そこに対策がないまま再発防止策が作られること。

2017年3月27日に発生した那須雪崩事故の遺族・被害者の会のホームページです。

那須雪崩事故は死亡者8名、重軽傷者40名の学校管理下では最大級の事故でした。

那須雪崩事故について

1年を迎えて

被害者としての思い

一周忌を迎えるにあたりあらためて亡くなられた8名に謹んで哀悼の意を表します。

あれから一年が経つ息子は友達を亡くし恩師を亡くし、私達は息子の本当の笑顔を失った気がする。

あれから我が家は一応の落ち着きを取り戻したようには見える。しかしテレビ等から流れるニュースや全く関係の無い雪山の画像などにびくつき息子の反応を確認し、本人は大丈夫だと言っているが、それも信じられず。息子の帰りが遅ければそれにもびくつき、ちょっと連絡がつかないだけで取乱してみたりと本当に親として情けなくなる日々は一向に変わらない。助かったのだからそれだけでも良しとせねばと自分に言い聞かせつつも、やはり幸福になりたいと願うわけで、でもその願いに罪悪感を感じてしまったりしている。時折、息子が亡くなった皆の事を話してくれる時がある。ぽつりぽつりとこぼすように話をしてくれる。本当に楽しかったのだろうそんな時は笑顔も見える。みんな優秀だけど破天荒、笑いが絶えない部室だったそうだ。毛塚先生も年の離れた兄貴のように思っていたようだ。毎日の練習でも充実感を味わっていた。それがあの日、そのすべてを失った。前日に皆で入った温泉が最後の思い出となってしまった。幼いころから泣かない子だった。でもあの日は違った。病院に迎えに行き車に乗ってドアを閉めた瞬間、静かに泣きはじめた。「朝は一緒にいたんだ、でもみんないなくなった…」そう言って嗚咽に変わった。その様子は彼の身に起きた事を察するに余りある姿だった。かける言葉が見つからなかった。ただ一緒に泣いてやる事しか出来なかった。

あれから一年、教育長が議会の答弁で初めて「県としての責任と賠償」との発言があった。この言葉をどれ程待ったのだろうか。時間にして数秒、秤にかけるべくもないが遺族がこの言葉のためだけでなく苦しんでいるのが11ヶ月、それほどまでに難しい言葉だったのか、認めてくれたことは素直に受け止め評価したいがあまりにも時間がかかり過ぎたのではないか。「今さら」とか「何か意図があるのか?」とか穿った見方しかできない自分の考え方が悲しくなる時がある。色々な事がはっきりしていないからなのだろう。教育長の発言はあったが今現在明確な責任の取り方や処分がはっきりしていない事においてもそう感じてしまうのだろう。

一応の検証作業は終わった。ただそれは雪崩に対してだけである。発生の原因等、納得いかない部分はあるが、雪崩のメカニズムやデータは揃えられた。しかし組織の体質の検証はどこまでされたのだろうか。検証委員会には雪崩の専門家はおられたが、組織の問題を検証できる専門家はいたのか。検証委員会においてマンネリズムという問題を指摘されていたが、そういった組織の問題点があるのなら、いっそのこと経営コンサルタントにでも検証してもらったらどうだろうか。

相変わらず再発防止策や今後のスケジュールの発表は次々とされている。講習会の記事も目にする。それはそれでけっこうだ。だが真の反省も謝罪も責任の一つも決まらないそのままの組織で作った策であったなら、それは砂上の楼閣だ。耳ざわりの良い言葉ばかりを並べ連ねても、遺族の目には透けて見える事だろう。しかしそうあって欲しくはない、それは今後の組織の頑張りに期待するしかない。失われたものはあまりにも大きい、平均寿命80年といわれるなかどれ程無念だったことだろう。想像して感じてほしい亡くなった8名、遺族や被害者、それぞれがどんな想いを抱いているかを。それに少しでも触れることが出来たならきっと良い策が出来るのではないか。

感情のまま綴ったので非礼があれば詫びよう、でもどうか5年後も10年後も8名に見守られるような組織になってほしいと思う。


コメント