遺族は納得していません。 通知が守られず事故が発生したこと、それが問題視されていないこと、そこに対策がないまま再発防止策が作られること。

2017年3月27日に発生した那須雪崩事故の遺族・被害者の会のホームページです。

那須雪崩事故は死亡者8名、重軽傷者40名の学校管理下では最大級の事故でした。

那須雪崩事故について

病院までの道のり

遺族の思い

消防の救出記録によると、事故当日息子は雪崩から掘り出された後、現場から河川敷の公園まで救急車で運ばれ、そこからヘリに載せ替えられて病院に向かったそうです。

12月のある日、事故現場付近まで行ったついでに事故現場から河川敷の公園までの道筋を辿ってみました。公園に着き、さらにスマホの地図を確認してヘリが飛んだ道筋を辿り、ヘリは公園からどちらの方向に飛び立ったのだろうかと思いを馳せてみました。

その時初めて気づきました。その公園と運ばれた病院を結ぶ直線上に、我が家がありました。

きっと息子を載せたヘリは自宅付近の上空を通過したのでしょう。
その時間、私たち夫婦は息子がどこの病院に運ばれるかもわからず、事故現場に向かうべきか、病院に向かうべきかとうろうろした挙句、自宅に戻って学校と警察からの連絡を待っていました。
気づくこともできませんでしたが、その時間その瞬間、上空を見上げれば息子を載せたヘリを見ることもできたかもしれません。

きっと上空のヘリから下を覗けば、自宅を見ることもできたことでしょう。
もう、自分の足で立って戻ることもできない、生きて見ることもできない、自分が育った我が家を上空から見て息子は何を感じたでしょうか。
想像しただけで辛く、悲しく、耐えることができません。

付いていてやりたかった。

事故のあった当日は、事故現場がどのような状態であったかも知らされず、いつどこの病院に運ばれるのかもわからない状態でした。スキー場で事故に遭ったとしか聞いていなかったので、救出にこれほど時間が掛かるとは想像できませんでした。病院に行ったり、自宅に戻ったりした当日の行動が悔しくてしょうがありません。雪に埋まって掘り出され、私たち家族と対面することができた夜まで、息子はどれだけ寂しく辛い思いをしたことでしょうか。薄暗く、家族もついていない病院までの道筋、不安でしょうがなかったのではないでしょうか。
入れ違いになったとしても当日現場に行き、少しでも近くにいて、少しでも付いていてやればよかった。

大きな後悔です。

 

 

 

 


コメント

  1. 栃木の母 より:

    まもなく1年ですね。
    事故を知って・・・ただただもう一度生き返って欲しい・・・と・・・何度思ったことでしょう・・・

    息子は1年前大田原高校に勤務しておりました。異動が決まっていて、3月24日には若い先生方で飲み会をしたそうです。それが、毛塚先生との最後になりました。

    事故後、大田原高校には抗議の電話が鳴り続けました。「殺人高校」と・・・
    もちろん、警察も捜査が入りました。

    息子がぽろっと・・・「俺らだって悲しいのに・・・もう加害者なんだよなあ・・・」

    悲しくてたまらないのに、新しい学校で、どうしようもない感情に、このままどうにかなってしまうのでは・・・と心配でたまりませんでしたが、本人は、あいつらのためにもがんばらねば・・・と、くり返し言っていました。彼らの名前があるものをこっそり学校から持ち帰り、大切に机の中にしまっています。ご葬儀のお礼状も机にしまっています。

    そんな息子を救ってくれたのは大田原高校の生徒さんでした。

    部活の大会で、久しぶりにお会いし、「○○先生・・・」と、声をかけてくれたそうで、そんなことが何回もあって、少しずつ、精神状態が回復していったようにみえました。

     絶対に8人のことは忘れないです。

     今は、大田原高校の職員ではないので、みなさんとお悔やみできませんが、3月27日には、那須に行き、この1年自分もがんばってきたことを、8人のみなさんに報告するそうです。

     

  2. より:

    きっと多くの方がこのサイトを読まれていると思うのです。

    しかしリアクションする言葉が見つけることができないのです。

    このサイトの主旨は着々と具現化されていると思うのです。

  3. M.S より:

    はじめまして。
    私は、ワンゲル部に所属する高校2年生と3年生の母です。
    今高2の息子は、このとき巻き込まれてお亡くなりになった男子生徒さんと
    関東大会だったかで、いっしょの大会に参加していました。
    息子たちワンゲル部は少ない人数でお世辞にも強いとは言えない部で、
    強豪校のみなさんにいろいろ助けてもらっていたことでしょう。
    こんなこともあり、このニュースが流れたときは、驚き、追って入る情報にも
    助かって!!!という思いばかりが頭いっぱいにひろがりました。
    だって、息子や娘と同じ年なんだよ、、なんでなの!!

    家族で山を楽しんでいたこともあり、この話題は自然と食卓で話されました。

    将来有望な子供たちの命を奪ったことに対して、責任者のきちんとした返信がないとしたら、
    おそろしいことだと思います。

    同じ母として、思いがあふれてきてしまいます。

    このサイトから発信され、いろいろなことが公になり、遺族の皆様の要望が反映されていくことを切に願っています。