遺族は納得していません。 通知が守られず事故が発生したこと、それが問題視されていないこと、そこに対策がないまま再発防止策が作られること。

一年が経って


事故から一年が経ちます。
一年が過ぎて、県教委や高体連への不満ばかりが口から洩れてくる自分の姿を、事故当初は想像もできませんでした。

「なぜ危険な斜面に立ち入ったのか」、「責任をどう考えているのか」、「再発防止策は進んでいるのか」

いろいろと物申しておりますが、決してこんなことを口にしたいわけではありません。
息子がいなくなったことを純粋に悲しんでいたい、ただ息子のことだけを考えていたい、そう思って毎日を過ごしています。

ただその思いも本心ではなく、本当は息子の将来について思いを巡らせ、心配し、口にしたいのです。でもそれはもう叶いません。

「将来なにになりたいんだ?」、「大学はどこに行きたいんだ?」、「どの学科を選ぶんだ?」、

「大学に行って一人暮らしなんてできるのか?」、「洗濯や食事は自分でできるのか?」、

「成績は大丈夫なのか?」、「テスト結果はどうだった?」「授業はついていけているのか?」、

「学校は楽しいか?」、「部活はどうだ?」、「部活と勉強の両立はキツくないか?」、

「友だちとうまくやっているか?」....

心配の種は尽きません。尽きないはずでした。

わが子ながらしっかりした子とは言えず、親としての心配は大きかったものです。
けれど、どんな成長がみられるのか楽しみでした。生きる糧でした。

部活や勉強を頑張り、友だちとの生活を楽しみ、将来を夢見て毎日を過ごしていたはずです。
そんな未来に続いていたはずの息子の人生が、あの日あの斜面で突然断ち切られました。
私たち家族の目の前にいつも当たり前にあった、当たり前の幸せも消え失せてしまいました。

一年経った現在、私たち家族は腕をもぎ取られてしまったような喪失感を抱えながら毎日を過ごしています。表面的には少しずつ日常が戻りつつありますが、この喪失感は一生癒えることがないでしょう。

過ぎてしまったことは何をしていただいても取り返しがつきません。
ただ、この悲しみと喪失感を共有していただき、息子の命を無駄にしないよう努めていただきたいと切に願います。

 

 

 

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コメント

  1. 英治 より:

     亡くなった本人の将来と、そのご家族の希望を奪われてしまった事、お慰めする言葉が見つかりません。
     どうぞお身体を大事になさいますように。

    亡くなった7人の中に私の親類の子がいました。僅か17年で人生の幕を下ろされてしまった事がかわいそうでなりません。

  2. 井川 治 より:

    一年が経って [過ぎてしまったことは何をしていただいても取り返しがつきません]のコメントに対して
    今だにことの重大さに気づいてない栃木県教委と高体連に腹立たしく思います。高体連HPには「、、、心より哀悼の意を表します。」とありますが、失敗したのだから「ごめん」の一言がなぜ言えないのか、心から反省していない。猪瀬氏の事故後のテレビインタビューでも顔つきが平然としていたことには驚きでした。40年余り登山を楽しんだものとして、ほかのスポーツから得られないより強固なパートナーシップを得られる種目の登山において、このような事後処理は到底理解できません。
    早く栃木県教委と高体連のお詫びの弁が聞けることをお祈りしています。
    追伸
     あの日のあの天候、積雪の状況、雪山経験の未熟な10代の子供たちをあの場所に連れて行った判断基準を問いたい。私だったらゲレンデで雪上歩行の訓練をした。
    なお、情報不足で、栃木県教委と高体連、猪瀬氏がお詫びしていたら、ご容赦ください。

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