遺族は納得していません。 通知が守られず事故が発生したこと、それが問題視されていないこと、そこに対策がないまま再発防止策が作られること。

名も刻まれぬ慰霊碑

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息子たちが通った大田原高校の校内に慰霊碑をつくるという申し出を学校側から受けております。

慰霊碑は息子が生きて大田原高校に通った証しとなり、事故の教訓を風化させないためにも重要な施策と思えました。しかし、その内容があまりにも私たち遺族の希望とかけ離れたものとなっており、協議が難航しています。

以下に大田原高校から示された慰霊碑案を示します。

大田原高校から提示された慰霊碑の案

1)亡くなった8名の名前は慰霊碑に刻まない
2)大田原高校は被害者なので、事故の反省を残すべきではなく、碑に残さない
3)碑には命の大切さを伝える前向きなメッセージを記す
4)石碑の表面の銘は「命」とし、命の大切さを在校生に伝えるものとする

大田原高校から示された慰霊碑案

信じがたい言葉も混ざっていますが、いずれも大田原高校の校長が10月13日の慰霊碑設置方針の説明で口にされた言葉です。
 
「亡くなった8名の名前は慰霊碑に刻まない」という点については、息子さんの名前を刻むことを望まない遺族がいるためそのような対応にしたとのことです。しかし、名前を刻むことを希望する他の遺族の要望を無視し、8名全員の名前を刻まないとすることに対しては何も説明がありません。
 
慰霊碑建立の目的は「事故を風化させない」「8名の生徒・教諭が在籍・在職した証し」のはずです。事故を風化させない目的があるはずなのに石碑の銘が那須雪崩事故とは関係のない「命」となり、在籍した証しとすることが目的のはずなのに「石碑に亡くなった息子たちの名を刻まない」という対応は私たちの理解の範疇を超えるものです。
 
なぜこのような案を提示してきたのか未だに理解できません。そしてどのような考えによってこのような案となったのか、筋の通った説明はなんらありません。
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なぜ名を刻まない?

遺族の中には名を刻むことを望まない遺族がいらっしゃいます。そのため慰霊碑には8名全員誰の名も刻まないと言われています。校長からは「石碑としての理想型に近づけたいという思いから一部の生徒の名前を刻まないことに躊躇しています」とだけ説明がありました。

全員の名前を刻むことが理想ということは理解できます。しかし、遺族のそれぞれの希望を踏みにじってまで石碑に誰の名前も刻まないことが、遺族それぞれの希望を叶えることより理想形に近いと言えるのは何故なのでしょうか?
何度質問しても答えをはぐらかされ、誠実な答えをいただけておりません。考えがわからなければ、私たちがその考えを理解することはあり得ませんし、なにも妥協することもできません。自分たちの考えを主張し続けるしかありません。

息子は命を奪われ、未来を閉ざされました。
そして息子を失った8名の遺族は、未来を見通すこともできない絶望の淵に落とされました。
どの遺族も深く傷つき、暗い閉ざされた闇の中を彷徨い続け、この先も彷徨い続けることとなります。それは、校長やそのほかの教員がいくら想像を巡らせたとしても決して理解することができないものです。その暗闇を彷徨い続けた中で出された答えは、息子のことを思い、人としての尊厳を掛けた、魂からでた答えです。

「名を刻むことを望む」「名を刻むことを望まない」、その答えがそれぞれ異なっていたとしても、それぞれ尊重されるべきです。

私は、息子が生きて、大田原高校に通った証しとして慰霊碑に名前を刻んで頂きたいと望みます。

遺族に希望を曲げることを強要する学校側の行為は、遺族や息子たちの尊厳を傷つけるものだということを自覚していただきたいものです。

心無い対応の繰り返し

学校側の慰霊碑の案を提示された当初は、私たち遺族も楽観視していました。提示された案は、あまりにも常識とかけ離れた内容でしたので、話をすれば常識的な内容の慰霊碑に修正されるものだと思っていたためです。

しかし、大田原高校の校長はこの提示した案から一歩も譲歩する気配がありませんでした。

おおよそ1年ほど話をし、私たちの意見と気持ちを伝えてきましたが、その対応が変わることはありませんでした。最近では私たちの要望に対して無視を決め込み、質問に対してもまともな回答をすることがないといった心無い対応を繰り返されています。

このまま校長に直接話しても対応を変えてもらうのは難しいだろうと考え、大田原高校の他の教員に訴えかけたりいたしました。その結果、大田原高校の他の教員は、私たちの意見を聞いて一定の理解を示してくださいました。

それでも校長の対応は変わることはありません。

私たち遺族や他の教員らの意見を聞くことなく、自らの正義感か保身からなのかはわかりませんが、彼独特の価値観で物事を決定し、その決定を遺族に押し付け、私たちを苦しめています。

事故の反省を

「大田原高校は被害者なので、事故の反省を残すべきではなく、碑には残さない」と校長に言われました。大田原高校は高体連主催の講習に参加しただけの立場であり、被害者だと強調されていました。しかし、部活動としての活動中の事故であり、学校の責任もあるだろうと思います。

大田原高校はただの被害者なのでしょうか?息子たちは誰に命を奪われたのでしょうか?

私たち遺族にとって学校だろうが、高体連だろうが、教育委員会だろうが、教員だろうがその区分はどうでもよいのです。教育界全体として事故を反省し、その教訓を碑に残すべきだと言っているだけです。

学校だ、高体連だという区分にこだわるその価値観を私たち遺族に押し付けないでいただきたいものです。このような責任をあいまいにする体質から事故は発生したのです。
いつまでもその区分にこだわる校長の態度からは事故の反省も教訓も感じることはできません。
この体質が変わらない限り再び同様の事故が起きてしまうことでしょう。

免罪符にしか見えない

今までの校長の対応からは、事故を「命の大切さ」という綺麗な言葉に昇華させて事故の教訓を有耶無耶にし、慰霊碑を今まで通りの学校活動を行うための免罪符としようする意思を感じざるを得ません。
免罪符とするためには、事故の凄惨さを伝える訳にはいかず、さらに学校の部活動によって命が失われたことを隠すため私たちの息子の名前を刻むことも望まないのでしょう。
そう考えるとつじつまが合います。

また校長は「慰霊碑を負の遺産にはしたくない」とも言われました。
この話の流れからはまるで息子たちが学校に在籍したことを負の遺産としているように受け取れます。

もし、そうでないと言われるのであれば、もっと言葉をつくして説明していただきたいです。
そうでなければ理解することもできませんし、納得することなんて到底できません。

遺族の思いを踏みにじってまで成し遂げたい理想があるのであれば、その理想について言葉を尽くして説明し、私たち遺族を説得すべきです。
しかし、校長も学校もその努力を放棄されているように見受けられます。

これでは私たちの息子の名を石碑に刻むことを最初から望んでいなくて、名を刻むことを断る口実としてそれを望まない遺族の意思を利用しているようにしか思えません。
それは名を刻むことを望む遺族に対しても、名を刻むことを望まない遺族に対しても失礼で、思いを踏みにじるものです。

慰霊碑建立についての今までの経緯

慰霊碑建立についての今までの経緯
  • 2018.9.23
    学校から慰霊 碑建立の打診

    大田原高校より慰霊碑建立の打診あり。
    大田原高校同窓会より寄付金を募り、 2019.3 までの建立を目指す。

    息子たちのことを忘れずにいてくれようとする姿勢の表れとしての打診と思えました。
    具体的な対応をなにもしてこなかった校長や学校の対応に変化が見られたと思え、嬉しく思ったことを記憶しています。

  • 2018.11.18
    学校からの慰霊碑案の提示

    大田原高校より慰霊碑の案が示される。
    亡くなった8 名の名を記さない、講師であった教員の過失を記さない、那須雪崩事故がただの自然災害であったような記述であるなど、遺族には受け入れがたい点が多数。
    変更を要望。

  • 2018.12~
    2019.1
    協議難航

    慰霊碑建立の目的、内容について変更を要望するが折り合いがつかず。

  • 2019.2
    2018 年度内の建立を断念の通知

    大田原高校より、2019.3 までの年度内の建立を断念する旨の通知が遺族あてに届く。

  • この間、約半年間音沙汰なし

    2019年の2月から8月まで、この件に関しては何も連絡はありませんでした。

  • 2019.8.4
    遺族より協議再開を要請

    お盆の弔問の際に慰霊碑に対する各遺族の要望を確認し、それらの要望を勘案して現状の慰霊碑の案としてまとめて 9/5 までに提示するように大田原高校校長に依頼。

  • 2019.9.5
    慰霊碑案の再提示

    大田原高校校長より慰霊碑案について回答。
    相変わらず亡くなった息子らの名を記さないなど、当初提示された案と大差ない内容が提示される。

  • 2019.9.10
    遺族より申入書提出

    遺族有志より大田原高校に申入書を提出。
    亡くなった息子らの名を記し、那須雪崩事故の教訓を後世に残す内容に変更するよう要望。

  • 2019.10.13
    慰霊碑案の説明と協議

    遺族会にて校長より学校側の慰霊碑案について説明。
    申入書があったにもかかわらず、当初提示した案から一歩も譲る姿勢が認められず。さらに、校長から以下のような遺族の気持ちを逆なでするような発言もあり、紛糾。
    「大田原高校はこの事故の被害者なので前向きなメッセージのみを出すべきと考えている」
    「被害者である大田原高校が設置する碑として事故の反省を残すべきではない」
    「亡くなった 8 名の名は刻まない」
    「負の遺産にはしたくない」等。

  • 2019.10.18
    学校側と遺族の意見交換

    校長は全く意見を変える様子が見られないため、遺族5 家族7名で大田原高校を訪問し、石碑設置委員会と意見交換。
    校長以外の石碑設置委員会のメンバーである他の教員に遺族の思いを伝える。

  • 2019.10.19
    今後の対応について回答を要望

    10.18の意見交換を受け、今後の対応、遺族との協議方法、慰霊碑設置まで予定を10.25までに回答していただくよう要望。

    10月25日までの回答を要望しましたが、期日までには何も回答がありませんでした。もうこの件に関して真面目に対応するつもりはないと受け取れました。

    さらに期限が過ぎ、繰り返しメールで回答を要望しましたが何も音沙汰がなく、学校側に無視されました。
    県教委に相談し、学校側に要望を伝えてもらったところ、11月6日に反応がありました。

  • 2019.11.6
    回答が遅れると学校より連絡あり

    回答が遅れる連絡があったため、11月14日までに回答して頂くよう依頼。

  • 2019.11.14
    中身のない回答が学校より届く

    「今後、双方が納得できるものを検討していきたいと考えています」とだけの回答が届く。
    対応などについて具体的な回答はなし。具体的な対応を11.15までに回答していただくよう遺族から再度依頼。

  • 2019.11.18
    何も変えるつもりのない回答が届く

    亡くなった者の名前を刻むことを容認せず、遺族と直接協議することを拒み、今後の遺族との協議はメールでのやり取りのみとする旨の回答が届く。

  • 2019.12.16
    着工延期の連絡

    大田原高校より年内の着工を延期する旨連絡あり。

    (慰霊碑について大田原高校校長より)
    これについては進展はありません。設置目的と碑文について未定であることから、設置場所を決められない状況です。従って年内が期限の基礎の打設について延期せざるを得ない状況です。
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コメント

  1. 宇賀神隆太 より:

    生徒が亡くなっているのは、高校なので「被害者が高校」はいいのでは?
    被害者が高校、加害者が高体連と認識しています。
    高体連の中で、山岳部を管轄していた部長と委員長が大田原高校所属の先生なので
    そういう意味で
    高校は被害者であり、加害者なんだと思います。

    なので、遺族の要望を100%飲ませたいなら、設置費用全てを遺族で負担して場所だけ提供してほしい
    が良いと思います。

    • エイジ より:

      宇賀神様

       「被害者が高校」、私は全く同意できません。
      この「講習会」に参加した生徒、その親は学校の行事だから安心して参加したのだと思いますよ。学校すなわち、山岳部の指導教員を信頼していたのですよ。親は27日の午後には元気に「ただいまー」と元気な声で帰ってくると信じて疑わなかったんです。それがこういう結果になった。この「高校」とはその責任者、すなわち校長です。また現地での責任者は顧問の教員でしょう。被害者は亡くなった8名とその親です。

      慰霊碑の費用について
       学校側から申し出があった、と言う事なら費用を負担するのはまず第一は学校(=県)、そして当時の大田原高校長、山岳部顧問ではないでしょうか。

      私は以上のように考えます。

      エイジ

  2. エイジ より:

     ひどい、ですね。教育者の言葉、態度とは思えません。なんとしても責任をとらない、認めない。反省していない。誠意がない。 
     設置費用も同窓会から集めているのは、学校、行政側には責任が無いと言う事なのでしょうか?
     大田原高校は被害者、どこからこんな言葉(考え)が出てくるのでしょうか。私は雪崩事故ではなくて、顧問教員の過失による事件だと思っています。

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