遺族は納得していません。 通知が守られず事故が発生したこと、それが問題視されていないこと、そこに対策がないまま再発防止策が作られること。

2017年3月27日に発生した那須雪崩事故の遺族・被害者の会のホームページです。

那須雪崩事故は死亡者8名、重軽傷者40名の学校管理下では最大級の事故でした。

那須雪崩事故について

1カ月

遺族の思い

 事故から1年と1カ月が経った。
 
 去年の今頃息子はここに座っていた、こんなことをしていた、ここに行っていたと、1年が過ぎる前は思い出にすがることができた。だけど1年が過ぎ、去年の今頃はもう、息子はここにはいなかった。思い出にすがることもできず、生きていた頃の思い出は事故後の記憶で上書きされていく。寂しくてたまらない。
 
 どうしたら息子が生き返るか、事故から1カ月の去年の今頃はそればかりを考えていた。もう生き返ることはないことぐらい頭では理解していたが、その考えのみが当時の自分の救いだった。そんなことができたらと考えることは、宝くじに当たった時を想像するように嬉しく、それだけが楽しみだった。自分の命を差し出して息子が生き返るなら喜んで差し出しただろう。現実にそんなことはあり得ず、この考えが発展してしまうと自死を選んでしまうんだなと思うくらいの理性は残っていた。
 
 そんな中、去年の4月27日、事故後1ヶ月の報道で事故現場の様子や息子らが埋まっていた辺りの様子が映像としてTVで流された。息子はこの景色を見た後、雪崩に埋まり、いなくなった。息子が最後に見たであろうそれらの景色を目の当たりにして、悲しみでどうしようもなくなってへたり込んでしまい、立つこともできなくなってしまった。結局その日は一日何もできずに伏せってしまった。ひと月も経つのにこんな状態になる自分が情けなかった。
 
 今ではどうしようもなくなることもなくなってきたが、息子はいなくなったのだと諦めることができた訳でもない。今でも仕事から帰ると息子はリビングのソファに座ってスマホをいじりながらくつろいでいるのではないかと思ってしまう。
 そう思いながら帰宅しても悲しい現実を突きつけられてしまうだけなのだが。

 

 

 

 


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