那須雪崩事故が発生したちょうど7年前の2010年3月27日、これも那須雪崩事故と同じ「春山安全登山講習会」で同じような雪崩事故が発生していました。
発生した雪崩によって、教員と生徒が50~60m流され、ほぼ全身が雪に埋もれた生徒もいました。
この雪崩事故では運よく死者や負傷者が出ることもなく、その後訓練は再開され、高体連や県教育委員会への報告は行われませんでした。
雪崩に埋まった生徒らを救出した後、本部から「安全が確保できているようなら講習を継続するように」との連絡があり、訓練は中止もされず再開されたそうです。
しかし全身が雪に埋もれた生徒もおり、報告すべき重大な事故であったことは検証委員会の報告書でも指摘されています。
講習後は、「なるべくこの雪崩の件を口外しないように」「今回は幸いに怪我も何もなかったので、家庭に報告する必要はない」そのような指示があったとの証言があり、保護者や高体連、県教委への報告もなく、引継ぎもありませんでした。これらの証言は、検証委員会の収集資料から確認できます。
実際、この事故は高体連や県教委から遺族に話されることもなく、事故があった事実は1人の遺族の調査によって明らかになりました。遺族がこの事実を明らかにしなかったならば、未だに隠蔽されていたのかもしれません。
さらに事故があったことが明るみになった後も十分な説明はなされていません。遺族から検証委員会に直接お願いすることによってようやく調査がなされました。
なんら対策も施されず、かん口令が敷かれたも同然の状態で、事故の教訓は何も活かされることもなく那須雪崩事故が発生してしまいました。
事故に対する思い
この7年前の雪崩事故についても那須雪崩と同様、安全確認もなされていない無謀な行動であったとの思いを抱きます。
「安全確認もせずに危険な地形に足を踏み入れた」「事故があった事実を隠ぺいした」「何ら対策を実施しなかった」、登山専門部の那須雪崩事故に至る安全軽視の体質が垣間見れます。
事故現場の地形
検証委員会の等高線の入った地図では地形がよくわからなかったのでGoogle Earthを使って、事故現場である郭公沢を3Dの地形で確認しました。
さらに検証委員会の調査結果の資料から「春山講習会の場所としていい場所」として7年前の雪崩事故以降も講習会の場所として使用し続けたというある元顧問の先生の証言が確認できました。講習場所の選定は、安全を考慮することなく講習の都合のみで選んでいたと考えざるを得ません。
事故当日の天候
気象データを確認する限り、7年前の事故当日には降雪は確認できず、数日前に数センチ雪が積もっただけでした。当日の冷え込みによって雪崩発生に気を付けるべきではあったと思いますが、特段雪崩発生の危険な兆候のある天候ではありませんでした。死亡事故にまで至らなかった大きな要因だと考えられます。それでも人が埋まってしまう程の大規模な雪崩に遭遇しているのですから、あまりにも危険で、雪崩が発生しやすい地形に足を踏み入れてしまったと言えるのではないでしょうか。事故の教訓
もし当日に降雪があれば今回の事故を凌ぐ大惨事が発生していたかもしれません。
さらに、そのような事故であったにも関わらず、事故があった事実は隠蔽され、何の防止策も図られることはありませんでした。
せめてこの事故を教訓としてしっかりとした対策をしてくれていたならば、那須雪崩事故は発生しなかったのではないか、息子たちの命が奪われるような事態になることはなかったのではないか、そのような思いを消すことはできません。
7年前の雪崩事故からは、講習会参加者は以下のようなことを学習してしまったことでしょう。
「人が埋まるくらいの雪崩に遭って怖い思いをしたが、それを確認した講師の先生方はそれを問題としなかった。登山ではあれくらいの雪崩に遭うのは日常茶飯事で、けが人や死人が発生しない限り問題にはならないものなのだ。」と。
本来であれば、こんな間違ったメッセージを発信するのではなく、事故をしっかりと保護者に報告し、再発防止策として講習会の場所ややり方を全面的に見直すべきだったはずです。しかし事故後に引き継がれたのは、事故の反省や再発防止策ではなく、安全も確認しないベテラン教諭の傲慢さだけだったのではないでしょうか。その傲慢さは、高体連や登山専門部の中に脈々と、7年前のそのさらにずっと以前から受け継がれ、安全を軽視する体質となっていたのでしょう。
7年前、雪崩事故が発生してもその事実を隠蔽し、問題としなかった当時の専門委員長渡辺教諭の姿をみて猪瀬教諭は学習したのでしょう。
「雪崩の危険なんて気にしなくていいのだ。」と。
講習会の安全も確認せず、中止の際の代替案も事前に準備しないような専門委員長猪瀬教諭の姿を見て菅又教諭は学習したのでしょう。
「安全なんて確認しないで好きに思いつきで行動していいのだ。」と。
もともとの渡辺教諭もそれ以前の登山専門部の先生方の姿を見て安全を軽視するようになったのではないでしょうか。
「雪崩なんて起きないし、起きてもたいしたことではない。安全確認なんてしなくてもだれも文句は言わない。」と。
登山専門部と教育委員会の安全軽視の体質はこうやって受け継がれたのではないでしょうか。
事故の概要
事故の詳細については検証委員会報告書のP.34-37で述べられています。
事故発生日時
雪崩の発生位置
雪崩の発生原因
雪崩は、第6班の講師と引率の教員が沢の上部のやや急な斜面を通過する訓練のためのロープを張り、ルート工作のため引率の教員が下降している際に、体重のかかったロープが斜面上部の積雪面に食い込んだ刺激により発生した。
雪崩の発生原因は、人為的に引き起こされたものであるとされています。
雪崩の規模と被害
当時撮影された写真によると、雪崩は顕著な乾雪表層雪崩で、発生域の積雪の破断面の厚さは約30cm、幅は20m程度あったことが分かる。
(中略)
この雪崩により、直下の沢筋で小休止していた第4班の引率の教員と生徒が巻き込まれ、50~60m流された。腰まで雪に埋もれ上半身を起こしたまま流された者や倒れ込んで流された者もおり、姿勢によってはほぼ全身が雪に埋もれた生徒もいた。また、沢筋にデポしていたザック等の装備も流された。ただし、デブリ(雪崩堆積物)の厚さが比較的薄かったため、自力もしくは相互に協力して救出することができた。
雪崩発生後、講師は全員の無事を確認し、けががなかったことなどから、その後の訓練は再開され、高体連や県教育委員会への報告は行われなかった。
この時の雪崩では、全身が埋もれる者もいたが、幸い死者やけが人も発生することはありませんでした。
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