3月27日に栃木県、栃木県教育委員会、栃木県高等学校体育連盟の3者共催の追悼式が実施されました。
私は昨年に引き続き今年も欠席とさせていただきました。
事を荒立てるつもりもないのですが、欠席の理由を明確にし、改善していただかないことにはこのままずっと県主催の追悼式に出席することは叶わないと思いました。備忘録的に欠席の理由を述べさせていただきます。
ケジメがない
結局誰も那須雪崩事故の責任を取っていません。そのようなケジメのない状態で、加害者である栃木県教育委員会や県立高校の教員と同じ方向を向いて息子の死を悼む気にはなれません。
事故を引き起こした3人の教諭は停職処分も明け、すでに職場復帰しています。
最終的な責任を負うべき教育長は事故の責任をとって辞職することもなくこの3月で任期満了となり退職されています。退職金を返納されたとの話も聞きません。
当時の大田原高校校長や栃木県高体連の会長は、事故直後に定年退職され、なんら処分を受けておりません。
事故当時、県立高校の運動部の安全に対して指導すべき立場にあった県教委スポーツ振興課の課長は事故の影響もなくこの4月に県立高校校長に栄転されています。
息子たちは人生を断ち切られ、私たち遺族は生活を大きく変えられ、前を向くこともできず元の生活に戻ることは今後もありません。
しかし、事故を引き起こした張本人である教員や県教委は何のケジメもないまま元の生活に戻り、前を向いて歩きだしています。県教委や教員らにも息子の死を悼む気持ちはあるのでしょうが、何のケジメもないこのような状態で同じ方向を向くことはできません。
先日、引率していた男性教諭3人に対して業務上過失致死傷容疑で書類送検がなされました。
もはや教育委員会や教員の自浄作用に期待はできませんが、しっかりと起訴に至り、今後の学校事故の教訓となるようなケジメとなる処分がなされることを期待いたします。
追悼式の内容がおかしい
安全を誓うべきは教員と教育委員会
報道によると式典では大田原高校山岳部長が安全登山の実践を誓ったそうです。栃木県教育委員会のHPにある式次第「那須雪崩事故追悼式について」にも式の最後に「登山部生徒の誓いのことば」とあります。
式典では、同校山岳部長の〇〇〇〇さん(17)が「山への思いを次の世代に語り継いでいくのが大田原高校山岳部の意思。二度とこのような悲劇が繰り返されないよう、受け継いだ情熱の火を絶やさず、安全に徹した登山を実践していく」と誓った。
追悼式「安全登山」誓う 那須雪崩事故2年 参加は2遺族 産経ニュース
安全を誓うべきは生徒ではなく、教員と栃木県教育委員会ではないでしょうか。
事故から目をそむけ、生徒に安全を誓わせるやり方に反省を感じることはできません。
例えば鉄道事故で乗客に安全を誓わせることがあるでしょうか。生徒に安全を誓わせるということは、私たちの息子にも事故の責任を負わせることと同義です。さらに、事故現場にいた生き残った生徒にも責任を負わせることにもなり、彼らの心の中に暗い影を落とすことになるのではないでしょうか。
事故当時まだ高校生にもなっていなかった現山岳部生徒を集め、追悼式を実施すること自体にも疑問を感じます。山岳部生徒を集め、その生徒に安全を誓わせることによって事故を単なる過去にあった山岳事故であると矮小化し、現在の部活動とは関連のないものとして扱おうとする意図を感じます。
この事故を契機に学校安全を考えるならば、追悼式には栃木県下の部活動顧問となっている教員を集め、教育長と高体連会長が安全を誓うべきだったのではないでしょうか。
事故をどのように認識し、何を反省したら生徒に安全を誓わせるこのような事態になるのでしょうか。栃木県教育委員会がこのような姿勢でいる限り、いつまでたっても同じ方向を向いて追悼することはできません。
事故と再発防止策の説明がない
せっかく県下の山岳部員が集まっているのですから、この場を使って県教委が事故と再発防止策の説明をすべきだったのではないでしょうか。また、栃木県立高校の部活動で引き起こされた事故なのですから、栃木県民に向けて事故のあらましを説明する義務もあるはずです。報道各社が集まっているこの機会に説明すべきだったはずです。
県からは、事故の人的被害・金銭的被害額、それらの被害に対する責任の取り方、再発防止についての取り組みについては未だなんら説明はありません。
再発防止策がいい加減
言うまでもなく、栃木県教育委員会から示された再発防止策はいい加減で実効性に欠けるものです。部活動の在り方を変えたと言えるものは皆無であり、相変わらず登山の知識が乏しい教員が登山を引率しており、根本的には事故前となんら変わることはありません。
事故を引き起こした3教諭が書類送検されましたので、「安全確認もなく漫然と部活動を実施することは犯罪」という認識の下、再発防止策を根本的に見直していただけることを望んでいます。
遺族の意見を聞いてくれない
昨年の12月時点で県主催の追悼式の概要が書面で郵送され、遺族に示されました。その上で、追悼式に関して遺族の意見を求められました。
こちらからは上記で述べたような意見を書き、書面で追悼式の内容の変更を求めました。他の遺族も同様の意見を述べていることが確認できています。
しかし、驚くことに3月に実施された追悼式の内容は12月に示された内容から何一つ変更されていませんでした。
昨年、追悼式開催の連絡もなく、遺族の意見も聞かなかったことの反省として早期に追悼式開催の連絡をされたのでしょう。しかし、それは遺族の意見を聞く機会を設けたというポーズをとっただけのものであり、最初から遺族の意見など聞く気はなかったようです。追悼式というセレモニーを開催したことを対外的にアピールすることだけが目的で、式典の内容も遺族が出席するかどうかもどうでもよかったのでしょう。
その目的は達成されたのでしょうか。
このような目的でいる限り私が県主催の追悼式に出席することはないと思います。
コメント
医薬業界で法的な要求により実施している「リスクマネジメント」という手法をご存知でしょうか?
あらゆるリスクを事前に洗い出し、先に対策することにより、不具合(患者の不利益)を発生させないことを目的としています。非常に有効な手法であり、日本を含む多くの国が法的に要求しています。
教育の場では別の名称で実施されているかもしれません。日本の教育における法的な要求を存じ上げません。投稿をかなり迷いました。もしご存知でしたらご容赦ください。