遺族は納得していません。 通知が守られず事故が発生したこと、それが問題視されていないこと、そこに対策がないまま再発防止策が作られること。

教員のプライドのなさ


那須雪崩事故を引き起こした登山専門部が、いつまでも自分たちの何が悪かったのか、今後どのようにするのかといった総括をしないことにいら立ちと憤りを感じています。

その内容は以前「いつまで待てばよいのでしょうか」という記事で述べさせていただいています。

完成までの予定

その後、8月にどうなっているのか、一体いつ完成させるつもりなのかスケジュールを提示するように登山専門部に問い合わせたところ、回答が届きました。

現在、執筆中で、以下のようなスケジュールで進めているとのことでした。

発行までの今後の作業予定(案)※関係者からの意見の集約状況等により変更になる場合があります。
令和元年9月7日(土) :   関係者への原稿案の発送、意見等の募集(~10月14日)
10月15日(火)~31日(木): 原稿の修正
11月上旬:        ご遺族等への送付
11月中旬:        ご遺族等への説明、その後公表

ようやく完成させる気になったのかと一瞬安堵しましたが、その日程をよく確認すると、遺族へは完成した後に送付することになっており、遺族の意見を聞く気もない遺族をバカにしたスケジュールとなっていることに気づきました。

意見を聞く気がない

当然、総括の完成前に方針や内容を遺族に説明し、遺族の意見を聞き、私たち遺族が納得できるような内容を示してもらって初めて完成となるものだと思っていました。総括は、息子たちの死を顧問教員の方々がどのように受け止め、教訓として残すのか、それを表したものになるはずだからです。

しかし、このスケジュールでは、完成前には方針も原稿も遺族には提示されることはありません。遺族の意見を聞くつもりもなく、完成してから説明すればよいだろうとの彼らの姿勢を表した日程です。完成前に遺族に方針や内容を説明し、納得してもらおうとは全く思っていないようです。原稿案を9月7日に関係者への送付とありますが、その関係者に遺族は含まれていないようですし、実際遺族には何も送付されていません。

また、一体どのような方針で作成され、誰が責任をもって執筆し、誰のチェックを受けるのかも全く分かりません。

ですので、9月7日に関係者へ発送された原稿案を遺族にも提示し、作成に関して今までどのように討議したのか、どなたが携わっているかも事前に知らせてくださいとお願いしました。

そのお願いに対する回答が以下です。

1.「省察」の原稿案につきましてはご覧いただける段階ではありませんので、お送りできません。
2.作成に関わっているのは、現登山専門部の教員たちですが、担当箇所や個別の執筆者名は伏したいと考えています。また、原稿を事前にお読み頂いた方のお名前も公表する予定はありません。
3.編集会議開催の実績等につきましては、10月X日に伺う際にご説明したいと思います。
 申し訳ありませんが、以上がお返事となります。
どこまでも逃げの姿勢で、誰も責任をもつつもりがないようです。

きっと遺族が納得できるような内容とすることができず、その内容を理解してもらおうとの気概もなく、誰も総括に書かれた内容に向き合ってもいないのだと思われます。

しかし、その総括が完成した後には全国の高校山岳の関係者に配布し、栃木県の安全登山の姿勢を示しすつもりだとか言われていました。誰も責任をもつつもりもない総括を、全国に配信するつもりのようです。恥ずかしくはないのでしょうか?恥ずかしい内容だとの自覚があるので名前を伏せるのでしょうか?

 
ちなみに「省察」というのは彼らがこの総括に対してつけたタイトルです。
省察(セイサツ):自分自身をかえりみて、そのよしあしを考えること。「自らの言動を省察する」(三省堂大辞林 第三版)
言葉だけは立派です。言葉通り自分自身をしっかりとかえりみてもらいたいものです。

一体なんのために作成するのか?

遺族には見せられない、執筆者も、確認した専門家の名前も記載できない、誰も書いてあることに責任を持たないようなそんな総括に何の意味があるのかわかりません。

おまけにどんな話し合いや意見があったのかも公表しないようです。

一体なんのために総括を作成しているのでしたっけ?

もっと堂々と、信念をもって胸を張って見せていただけるものであって欲しかったと思います。

誰も責任を持たず、説明は完成した後にして、遺族・被害者からの意見は反映する気もない。
そんなプライドの欠片も感じることのできない、逃げの姿勢で作られた総括がなんになるのでしょうか?

総括はもう読むまでもなくいい加減で内容もないものであると確信できます。
残念でなりません。

登山専門部と顧問教員は何もしていない

登山専門部と顧問教員はこの2年半、事故防止に向け、一体何をしてきたのでしょうか?
誰も責任を持たない、このいい加減な総括を作っただけなのではないでしょうか?
ほかに何があるでしょうか?

私たち遺族は渋る県教委を文字通りケンカをしてまで説き伏せ、 「登山計画の全数審査」、「登山アドバイザーの全数派遣の試行」「登山計画審査の結果と登山結果のHP上での公表」などを認めさせてきました。
これらは本来は登山専門部と山岳部顧問がしなければいけなかったはずの仕事です。

先日、顧問教員からのガイドラインに対する意見が集められ、登山計画審査会において議論されたようですが、顧問教員から出されたと思われる意見は「夏山における残雪の取扱いの基準を決めて欲しい」といった自分たちの都合を述べたものばかりで、本質的な安全や制度設計を考えた意見は皆無だったように思えます。

相変わらず事故の反省もなく、自分たちの都合しか考えていないよう感じます。

そんな人たちが山岳部の大会を運営し、各高校の顧問教員として登山を引率しているなんて冗談にしか思えません。

山岳部の持続性

私個人としては山岳部の活動が永続的に続くようにとの思いでこれまでいろいろと意見を言ってきたつもりです。

しかし、登山専門部と顧問教員らの場当たり的な態度はそのような思いをないがしろにし、「山岳部なんて廃止してしまえ!」という言葉が遺族の口から発せられるように誘導しているように思えます。

顧問教員たち自身が山岳部の活動を止めたがっているように思えます。

それならそれでも構いませんが、登山専門部および顧問教員の皆さんに山岳部の活動を今後も続けていくご意思があるのならば、責任を持った態度を取っていただくよう期待いたします。
そして私たちが躊躇なく永続的な山岳部の活動を願うことができるよう、私たち遺族を納得させていただきたいと願います。

「先生」と呼ばれる職業?

事故前は教員という肩書をもった方々は、自分たちは生徒の模範となるべきだとのプライドを持った方ばかりと思っていました
しかし「先生」と呼ばれる職業であっても 保身のためであればこれほどまでに恥ずかしげもなくプライドを捨てることができるものなのかと感心し、失望してしまいます。

一体何度失望させれば気が済むのでしょうか。

誰も責任を持とうともしないこのような態度を、自分たちの口から生徒に説明できるのでしょうか。胸を張って顧問教員として登山を引率できるのでしょうか?

しっかりとプライドをもった態度で再発防止にあたっていただきたいと願います。
でなければ止めてしまうべきです。

 

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